2017.10.13

EXPERIMENT

新宿JAMよ永遠に 37年間愛されてきたライブハウスが閉店-石塚明彦さんにインタビュー

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東京メトロ副都心線・東新宿駅から徒歩3分。いくつかの雑居ビルが立ち並ぶ通りに位置する老舗のライブハウス「新宿JAM」が今年の12月31日に閉店すると発表された。オープンから37年間、様々な音楽の歴史を吸い込んだその箱は、入居するビルの取り壊しという理由により幕を閉じる。
 

 
今回は新宿JAMの店長・石塚明彦(いしづかあきひこ)さんに、これまでの新宿JAMやライブハウスに対する思いを伺ってきた。
 
 
ーー石塚さんが新宿JAMの店長になった経緯を教えてください。
 
もともと、新宿JAMも所属しているリンキーディンクスタジオの吉祥寺店で働いていた時に、「来年の1月で閉店するかもしれないけど、それまで新宿JAMに行ってくれないか」と言われたことがきっかけになります。ドラマーとして参加していたバンドも終わってプラプラしていたので、新宿に行ってみるのも面白いかもしれないと思って働き始めたのが12年前のことです。
 
ーー結局その後閉店しなかったのですね。新宿JAMは石塚さんにとってどんな場所だったのでしょうか。
 
この12年間、寝る時間を除いてほぼここ(新宿JAM)にいました。自宅よりも長くいた住居地兼仕事場みたいな空間でした。
 
ーーこの12年間で印象に残っている出来事やライブはありますか?
 
毎年ゴールデンウィークに「JAM FES」という1週間ほど続くイベントを開催しているのですが、本当にたくさんのバンドが入れ替わり立ち替わりライブをしていて、朝昼晩と寝る暇もないくらいに人の渦に巻き込まれていましたね。
 

©️新宿JAM

 
それから、震災(東日本大震災)の時のことも印象に残っています。苦境の中でたくさんの頑張っているバンドマンがライブをしてくれました。震災で「音楽とは何か」と改めて考えた時に、たくさんの人がJAMに集ってライブをしてくれたということは僕にとっては結構感動的でした。
 
ーー音楽やライブの力強さに勇気付けられた人もたくさんいたのではないでしょうか。新宿JAMのこだわりや石塚さんが意識していたことはありますか?
 
色々なジャンルで交流して欲しいという思いはあります。ハードコアはハードコアだけで友達になるのではなくて、フォークだったりアイドルだったり、ロックだったり色々なジャンルの友達がいてもいいじゃないかと。新宿JAMって37年間と結構歴史が長いので、色々な想いを持っている人がいます。「JAMっていったらモッズだろ」という人もいれば、「ブルーハーツの出身がJAM」という人もいたり、「パンクの聖地だ」という人もいる。37年間で色々なジャンルを受け入れていたライブハウスだと思うので、各個人が思っている想いがJAMの色なのではないでしょうか。
 
ーー閉店してから音楽以外でやってみたいことはありますか?
 
そうですね、僕は今年51歳になりますが、16歳の頃から何らかの形でずっと音楽に関わっていて、音楽を中心として生活が回っていたのですが、12月31日が過ぎたら一旦音楽は休止して世界一周旅行とかしてみたいですね。3〜4年くらいかけて。全く違う世界をみてみたいとは思います。多分できないとは思いますけど(笑)
 
ーー素敵な夢ですね!12月まではどのように過ごしたいですか?
 
新宿JAMにいたからこそ出会えた人がたくさんいます。閉店以降もそういった人たちと繋がっていけるように楽しくやっていきたいですね!
 
 
年季の入った落書きや、床の削れた跡も37年間かけて新宿JAMが築き上げてきた歴史のひとつ。例えJAMが消えても、石塚さんの想いやJAMを支えてきた数え切れないほどのバンドマン、観客たちの想いは永遠に残り続けることだろう。

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